|
出典 | |
---|---|
この地球ができて、四十六億年以上の歳月が流れた。 それは、わが一千億年の孤独のなかでは、 ほんの、ついきのうのことのようにも思える。 されど、我は、この地球のすべてに関し、 最終の権限を有するものである。 わが宣べ伝えるところの仏法真理を守り、 広げ、実現することこそ、 人間としての真なる生き方であるのだ。 我は、ふたたび、おまえたちに法を示した。 おまえたちに、人問として生きてゆくための則を示した。 その則を守りて、素晴らしき仏国土を建設するか否かは、 おまえたち人間の所行にかかっている。 わが教え、人々の心にしみわたり、 仏国土がこの地上に湧出すれば、 おまえたちは真実の神仏の子と言えよう。 されど、わが教え説かるるも、 その教え、伝わらず、 その教え、人々を救うに至らず、 その教え、歴史の波間に、反故として捨て去られたならば、 もはや、人類は地上に住むことが許されなくなるだろう。 そのことをも、私はおまえたちに厳しく警告しておこう。 この、わが説く教えに従って、仏国土を築くか。 あるいは、このわが教えを一顧だにすることもなく、 人類そのものが滅亡し去るか。 選べ、選ぶのだ、 いずれを取るかを。 繁栄を取るか、滅亡を取るかを。 わが念いには厳しいものがあるということを知らねばなるまい。 かつて、地球によく似た美しい星、 金星にも、姿形は違えども、人類が住んでいた。 その人類をも、我は、指導していた。 しかし、究極において、彼らは、 わが教えの本(もと)なる、仏国土建設という理想を実現することなく、 怠惰に明け暮れ、進歩を止め、 停滞の永きにどっぷりと浸かり、 それより抜け出す意欲なく、 生存を重ねていた。 我は、また、この金星の人類を滅ぼした者でもある。 わが教えは、 ある時は、愛となり、 ある時には、厳しい剣ともなるであろう。 親は、子に対して、その真実の成長を願うからこそ、 厳しく、その教えを説き、 その教えの実現を迫ることもあるということを知っておくがよい。 もう一度、繰り返して言っておく。 すべては、おまえたちの選択であるのだ。 この地球を創り、地球に人類を住まわせたころより、 「この法を本(もと)に、仏国土を創り、幸福な生活を営め」というのが、 わが教えであった。 その事実を、もう一度、私はおまえたちに告げているのだ。 それを、信じて行うか否かは、 おまえたちの選択にかかっている。 しかし、仏国土建設の意欲なく、努力なく、希望なく、 停滞と堕落を選び取るならば、 人類を待ち受けているのものは滅亡である。 それだけを、私は、はっきりと言っておく。 |
永遠の仏陀(旧版) P.188-193 永遠の仏陀(改訂新版) P.233-238 |
NEXT:永遠の仏陀:勇気持ちて立て |
1 |